プレコンセプションケアとは?

「まだ途中」にいる私たちのためのプレコンセプションケア

プレコンセプションケア

電車に乗っている。

私はその人より先に乗っていた。


けれど、斜め前の席が空いた瞬間、後から来たその人が、何事もなかったように座った。


胸の奥に、言葉にならない感情が残る。


悔しいほどではない。怒りでもない。

ただ、少しだけ置いていかれたような、名前のつかないモヤモヤ。


別に怪我をしているわけじゃない。 出かけられるくらいの元気はある。

だから、立っていればいいだけの話だ。


じゃあ、ずっと目の前で座っている人が、途中で席を譲ってくれたらいいのか。

それはそれで、なんだか気まずい。 「そこまでじゃないんです」と言いたくなる自分がいる。


この感情に名前をつけるとしたら、 たぶんこれは 「まだ順番が来ていない人の焦り」 あるいは 「努力と結果の間にいる人の違和感」。


電車に揺られながら、ふと思った。


この感覚は、今の私の起業の気持ちにとてもよく似ている。


ずっと座っている人は、 企業に属して、安定した場所に居続けている人。

後から来て、先に座った人は、 自分より後に始めたのに、もう軌道に乗っている人。


私はというと、同じ電車には乗っている。

同じ時代、同じ社会、同じフィールド。 でも、まだ立っている。

起業って、この電車の椅子取りゲームに似ているのかもしれない。

ルールは見えない。 努力した順でもない。 準備期間が長いからといって、必ず席が空くわけでもない。


だから、同じ車両にいるのに、 どこか仲間になりきれない感じがする。

敵でもないけれど、手を取り合えるほど近くもない。


周りからは 「忙しいのに、よくそんなにチャレンジできるね」 と言われる。


でも現実は、 イベントをして、アンケートを取っても、振り返りが追いつかない。


LINEの返信は溜まり、 やらなきゃいけないことがあるのに、YouTubeやゲームで時間を溶かしてしまう。


休めているわけでもないのに、 進んでいる実感もない。

結局、収入にはつながらなくて、

「これって自己満足なんじゃないか」 「誰かを振り回しているだけなんじゃないか」 そんな声が、自分の中から聞こえてくる。


家に帰ると、 安定した収入を得ている夫に、理由のはっきりしない苛立ちを向けてしまう。


本当は、二人の時間を楽しみたいだけなのに。


プレコンセプションケアの仕事をしているのに、

自分の人生では、 「準備している時間」 「整えている途中の時間」 その価値を、信じきれなくなる瞬間がある。


でも本当は、知っている。 準備には、意味がある。


整えている時間は、遠回りじゃない。


電車で立っているこの時間も、 何もしていないわけじゃない。


体幹を使って、バランスを取りながら、 揺れの中で、倒れない練習をしている。


今はまだ座れていないだけ。 降ろされたわけじゃない。 乗り遅れたわけでもない。


これは、起業している人の心のポロリ。 答えのない、一人のつぶやき。


今日も同じ電車に乗っている。 席はまだ空いていないけれど、 準備は、確実に進んでいる。


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